意匠設計の生産性を向上させるBIM活用法設計品質と収益性を高めるポイント
- design H
- 8月30日
- 読了時間: 11分
更新日:9月4日

■ なぜ今、意匠設計にBIMが必要なのか?
| 2DCAD設計の限界と、業界が直面する課題
長年、建築設計の主役であった2DCADは、平面図や立面図といった2次元の図面作成には非常に優れたツールです。しかし、プロジェクトが複雑化する現代において、その限界も明らかになってきました。例えば、平面図を修正した際に、立面図や断面図の修正を忘れてしまい、図面間で不整合(食い違い)が発生するケースは後を絶ちません。
このような不整合は、施工段階での手戻りや予期せぬコスト増に直結し、生産性を著しく低下させる原因となっています。また、人手不足や働き方改革への対応といった業界全体の課題を前に、従来の設計手法だけでは立ち行かなくなりつつあるのが現状です。
| BIM導入は「当たり前」の時代へ|国内の導入率と現状
このような背景から、建築業界ではBIMの導入が急速に進んでいます。国土交通省の調査によると、設計事務所や建設会社におけるBIMの導入率は年々上昇しており、直近の調査では約5割から6割に達しています。特に大手ゼネコンや組織設計事務所では導入が標準化しつつあり、この流れは今後、中小規模の事務所にも確実に広がっていきます。
もはやBIMは一部の先進的な企業だけのものではなく、業界のスタンダードとなりつつあるのです。しかし、一方で「導入はしたが、十分に活用できていない」と感じている企業も少なくないのが実情です。
| BIMは経営戦略ツールへ|業務効率化から競合との差別化まで
BIM導入の目的は、単なる作図の効率化だけにとどまりません。多くの企業が、業務プロセス全体の改善や、競合他社との差別化を図るための「経営戦略」としてBIMを位置づけています。BIMを活用することで、設計品質の向上、手戻りの削減によるコスト圧縮、そして顧客への付加価値の高い提案が可能になります。これからの時代、BIMを使いこなせるかどうかは、設計事務所の競争力、ひいては事業の存続を左右する重要な要素になると言えるでしょう。
■ そもそもBIMとは?3DCADとの根本的な違い
| BIMは単なる3Dモデルではない
BIMと3DCADは、どちらもコンピューター上で3次元の建物モデルを作成する点で似ているため、混同されがちです。しかし、その本質は全く異なります。
項目 | 3DCAD | BIM (Building Information Modeling) |
本質 | 立体的な絵(ハリボテ) | デジタルの建築物そのもの |
持つ情報 | 形状情報のみ | 形状情報 + 属性情報(材質, コスト等) |
データ連携 | 各図面が独立 | 全てのデータが連携・自動整合 |
活用範囲 | 主に設計段階の形状検討 | 設計・施工・維持管理の全工程 |
3DCADが作成するのは、形状情報だけを持つ「立体的な絵(ハリボテ)」です。一方、BIMが作成するのは、形状情報に加えて、部材の材質やコスト、メーカー名といった様々な「情報(属性情報)」が付与された「デジタルの建築物そのもの」です。この「情報を持つ」という点が、BIMを単なる3Dツールとは一線を画す革新的なものにしています。
| 「情報」を持つモデル:属性情報の価値
BIMモデルを構成する壁や柱、窓といった部材には、それぞれが持つべき情報(属性情報)をデータとして入力できます。例えば、モデル内の「壁」をクリックすると、その壁が「鉄筋コンクリート造」で「厚さは180mm」、「耐火性能は1時間」、「仕上げ材はA社のクロス品番XXX」といった詳細な情報が瞬時にわかります。さらに、ここに単価情報を入力しておけば、建物全体のコストを自動で算出することも可能です。このように、BIMは建築物に関するあらゆる情報を内包した、巨大なデータベースなのです。
| 設計から施工、維持管理までデータを一元管理
BIMの真価は、建築のライフサイクル全体を通じてデータを活用できる点にあります。設計段階で作成されたBIMモデルのデータは、施工段階では精度の高い積算や工程管理に、そして建物が完成した後の維持管理(ファシリティマネジメント)段階では、修繕計画の立案やエネルギー管理などに活用できます。従来は各段階で情報が分断されがちでしたが、BIMによってすべての情報が一元管理されるため、プロジェクト全体の生産性と品質が飛躍的に向上するのです。
■ 【設計品質向上編】BIMが意匠設計にもたらす3つの革新
① 可視化による合意形成
3Dモデルで空間を直感的に把握。顧客とのイメージ共有を円滑にし、手戻りを防ぎます。
② フロントローディング
設計初期に干渉チェックなどで問題を撲滅。施工段階での手戻りを未然に防ぎます。
③ 高品質なプレゼン
ウォークスルーやVRで没入感のある提案を実現。競合他社との差別化を図ります。
| ① 可視化による高度なデザイン検討と合意形成
3Dモデルで空間を直感的に把握し、設計者の思考を深化させる
2次元の図面から3次元の空間を頭の中で組み立てるには、高度な訓練が必要です。BIMを使えば、設計の初期段階から3Dモデルで空間を検討できるため、天井高や通路幅といったスケール感、部材同士の納まりなどを直感的に把握できます。これにより、設計者はより複雑で洗練されたデザインの検討に集中でき、設計の質そのものを高めることができます。
什器配置や照明のシミュレーションで完成形をリアルに再現
BIMモデルを使えば、実際の家具や什器を配置して動線を確認したり、時間帯による太陽光の入り方(日照シミュレーション)や、照明を点灯した際の空間の雰囲気をシミュレーションしたりすることが可能です。これにより、図面だけではわかりにくい「使い勝手」や「居心地の良さ」といった要素まで、設計段階で具体的に検証することができます。
顧客とのイメージ共有を円滑にし、手戻りを防ぐ
専門家ではない顧客にとって、2D図面から完成形を正確にイメージするのは非常に困難です。BIMモデルを使って3Dで可視化することで、顧客とのイメージ共有が飛躍的に向上し、「完成したら思っていたイメージと違った」という最悪の事態を防ぐことができます。初期段階で精度の高い合意形成ができるため、後の工程での大幅な手戻りをなくし、プロジェクトをスムーズに進行させることが可能です。
| ② フロントローディングで設計初期段階のエラーを撲滅
意匠・構造・設備の整合性を自動でチェック(干渉チェック)
BIMの強力な機能の一つが「干渉チェック」です。これは、意匠・構造・設備の各BIMモデルを重ね合わせ、梁と配管がぶつかっている、といった物理的な干渉(クラッシュ)や設計上の不整合を自動で検出する機能です。従来は施工現場で発覚することが多かったこれらの問題を、設計段階で、つまりコンピューター上で発見し解決することができます。
施工段階での手戻りを未然に防ぎ、コストと工期を大幅に削減
施工現場で設計ミスが発覚した場合、その手戻りには多大なコストと時間がかかります。BIMを活用した「フロントローディング(=前倒し設計)」によって、設計の初期段階で問題点を洗い出し解決しておくことで、施工段階での手戻りを劇的に削減できます。これは、プロジェクト全体のコスト削減と工期短縮に直結する、非常に大きなメリットです。
| ③ 質の高いプレゼンテーションで競争力を強化
ウォークスルーやVRで没入感のある提案を実現
BIMモデルを活用すれば、まるでゲームの世界のように建物の中を自由に歩き回れる「ウォークスルー動画」を作成したり、VR(仮想現実)ゴーグルを使って、あたかもその場にいるかのような没入感のある空間体験を顧客に提供したりすることが可能です。このような体験は、図面やパースでは伝えきれない空間の魅力を顧客に強く印象付けます。
顧客の理解度と満足度を高め、他社との差別化を図る
BIMによる質の高いプレゼンテーションは、顧客の設計に対する理解度を深め、プロジェクトへの納得感を高めます。結果として顧客満足度の向上につながるだけでなく、設計コンペなどにおいては、2DCADベースの提案を行う競合他社に対して、圧倒的な差別化要因となり、受注競争を有利に進めるための強力な武器となります。
■ 【収益性向上編】BIMが設計事務所の経営をどう変えるか
① プロセス効率化
図面自動整合や数量積算の自動化で、作業時間を大幅に短縮し生産性を向上させます。
② 協業の効率化
データ連携で協力会社との情報共有を円滑にし、コミュニケーションロスを削減します。
③ 新たな付加価値創出
維持管理へのデータ活用や環境シミュレーション提案で、ビジネスを拡大します。
| ① 設計プロセスの効率化による生産性向上
各種図面(平面・立面・断面図)の自動整合で図面作成時間を短縮
BIMでは、まず3Dモデルを作成し、そこから平面図、立面図、断面図などを切り出して図面を生成します。そのため、3Dモデルを一度修正すれば、関連するすべての図面が自動的に更新され、整合性が保たれます。2DCADで発生しがちな、各図面間の修正漏れや不整合を確認・修正する作業が不要になるため、図面作成にかかる時間を大幅に短縮できます。
数量積算の自動化で積算業務の負担を大幅に軽減
BIMモデルには各部材の寸法や仕様といった情報が含まれているため、壁の面積やコンクリートの体積、窓の数といった数量を自動で算出することができます。これまで手作業で行っていた手間のかかる数量拾いの作業が自動化されることで、積算業務の負担が大幅に軽減され、より迅速で正確な見積もりが可能になります。
| ② データ連携による協業の効率化
協力会社とのシームレスな情報共有でコミュニケーションロスを削減
意匠設計事務所、構造設計事務所、設備設計事務所といった協力会社間で、単一のBIMモデルを共有して作業を進めることで、情報伝達のミスや認識の齟齬を大幅に減らすことができます。関係者全員が常に同じ最新の建物データを見ながら作業するため、コミュニケーションが円滑になり、協業プロセス全体の効率が向上します。
共通データ環境(CDE)で常に最新情報を共有し、ミスを防ぐ
BIMを効果的に活用した協業では、「共通データ環境(CDE:Common Data Environment)」と呼ばれるクラウド上のプラットフォームが利用されます。CDEを介して、プロジェクト関係者全員がいつでもどこでも最新のBIMモデルや関連資料にアクセスできるため、「古い図面を見て作業してしまった」といったヒューマンエラーを根本的に防ぐことができます。
| ③ 新たな付加価値サービスの創出
維持管理(FM)フェーズへのデータ活用提案でビジネスを拡大
BIMで作成した詳細な建物データは、竣工後の維持管理(ファシリティマネジメント)においても非常に価値があります。例えば、建物のオーナーに対して、BIMデータを活用した効率的な修繕計画やエネルギー管理システムを提案するなど、従来の設計業務の枠を超えた新たなコンサルティングサービスを展開し、ビジネスを拡大するチャンスが生まれます。
環境性能シミュレーションによるサステナブル設計の提案
BIMソフトを使えば、日照や日射熱、風の流れなどをシミュレーションし、建物のエネルギー消費量を科学的に予測することができます。これらの機能を活用して、環境性能の高いサステナブルな建築を具体的に提案することは、環境意識の高いクライアントに対する強力なアピールとなり、設計の付加価値を高めることにつながります。
■ BIM導入を成功させるための組織的な取り組み
| 経営層のリーダーシップと明確な目標設定が不可欠
BIM導入は単なるソフト導入ではなく「組織改革」。経営層が「なぜ導入するのか」「何を目指すのか」というビジョンを明確にし、全社で共有することが成功の第一歩です。
| 社内ルールの標準化とワークフローの構築
モデルの作り方や命名規則など、社内ルールを標準化し、BIMを前提とした新しい仕事の進め方を構築します。ルールがないと、かえって混乱を招きます。
| 人材育成と継続的な教育体制の整備
ツールを使いこなす人材がいなければ意味がありません。オペレーターやマネージャーなど、計画的な人材育成と継続的な教育体制の整備が成功の鍵です。
| スモールスタートから始める導入ステップと外部リソースの活用
いきなり全プロジェクトで導入するのはリスクが高いです。まずは小規模なプロジェクトで試験的に導入し、自社に合った活用法を確立していく「スモールスタート」が有効です。外部コンサルタントの活用も賢明な選択肢です。
■ まとめ:成功する意匠設計の外注は「パートナー選び」が9割
BIMは、もはや単なる3D作図ツールではなく、設計事務所の生産性と設計品質、そして収益性を根本から変革する力を持つ、強力な経営戦略ツールです。
BIMを活用することで、設計の初期段階でエラーをなくし、顧客との合意形成を円滑に進め、手戻りのない効率的なプロジェクト進行が可能になります。また、魅力的なプレゼンテーションによる競争力の強化や、維持管理段階へのサービス展開など、新たなビジネスチャンスも生まれます。
BIMの導入と定着には、組織的な取り組みと継続的な努力が必要ですが、それはこれからの時代を生き抜く設計事務所にとって不可欠な投資です。この記事を参考に、BIM活用の第一歩を踏み出し、設計の未来を拓いてみてはいかがでしょうか。

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